弱いものが弱いものを叩く

昨日、初めて精神科に行きました。


「どうしました?」
診察室に入ると、布袋様のような笑顔で、幼稚園の先生のような優しい口調の医師が訊ねました。
その優しさに、わたしは感極まって泣き出しました。
辛かったことを包み隠さず、話し始めました。


「実は……ここへ来る途中に、タクシーの運転手に怒られたんです」


「どうして怒られたんですか?」
医師はやっぱり笑顔でした。
わたしはさらに泣きました。


診察室を見回し、『ティッシュはないかな』と思ったのですが、なかったので、手と服の袖で涙と鼻水を拭って話し続けました。
「運転手さんに地図を見せたんですけど、道があまりわかっていないようで、運転しながらとか、途中路肩に車を止めたりとかして何度も地図を見ていたので、『もう少し行ったところの、大きい交差点のあたりで止めてください。そこからはひとりで行けそうなので』と言ったら……
そしたら、『金のこと気にしてんだろ。そうだろ。ゼニカネの話するやつは1番嫌いだ』と運転手さんが怒りだしたんです。
『お金のことじゃなく、道がわかならそうだから』と言って余計に怒らたら怖いから、曖昧に笑ってやり過ごそうとしました。そのせいで、お金のことを気にしていると決めつけられ、何度も何度も『ゼニカネ』の話をされ……」


「それで、どうしました?」


「降ろしてもらうよう頼んだ交差点の、ひとつ手前の交差点の信号待ちのときに、『今、メーター660円だから、それ以上は取らないから、ここに金置いて」って言うから、1000円札を置いたら、おつりを投げるようによこしてきて、わたしは床に落ちた100円玉を這うようにして拾いました。その後、メーターが上がったときに運転手さんは『あ〜あ、820円になっちゃったよ。次は別のタクシーに乗りな』と言い……」


「ひどい運転手ですね」


「そして、交差点に付いて車を止めたあと、『はい、もう、さっさと降りて』と言われ、ドアを……ドアを……ちょっとしか開けてくれなくて……。わたしはそのドアを……手で押して出てきたんです。う〜う〜う〜」
なんとか説明を終えたところで、嗚咽をもらしながら号泣しました。


「大丈夫ですよ。そういう運転手はなかなかいるもんじゃないので、安心して下さい。あと、そういうときは、タクシー協会に連絡するといいですよ」


「でも……でも、個人タクシーだったんです」


「個人タクシーでも、番号を控えておいて後で連絡すれば、協会が対処してくれますよ」


「はい。次に怒られたときはそうします。……ところで、そこに血圧計がありますね。ちょっと気になるんで、計ってもらえませんか」


「では、計ってみましょうね」


……



「なんともありませんね。あまり思い詰めてはだめですよ」


タクシー運転手に迫害されたときの対処法というありがたいアドバイスとともに、今まで内科でもらっていたのよりも強い自律神経失調症の薬をもらって、病院を後にしました。
帰りはバスで帰りました。
バスの運転手にも怒られるんじゃないかと思ってビクビクしていたけど、前金でちゃんと210円払ったら、何も言われませんでした。


新しくもらった薬によって、ある種の人間に「こいつは弱いから迫害してもいいんだ」と思わせてしまう、体から滲み出るメンヘルオーラ、それに耳鳴り等の症状が消えればいいなぁ、と期待しています。