骨粗鬆症予防に買ったふりかけ

実家で一人暮らしをする70代の母から骨粗鬆症の一歩手前と診断されたと電話連絡があったのが3ヶ月前の9月。

10月には母の誕生日があったのでカルシウム含量が通常のふりかけの10倍から30倍ほどあるふりかけを持って日帰り帰省をした。

 

厚生労働省のホームページによると成人1人1日あたりのカルシウム摂取推奨量は男性が700mgから800mg、女性が650mgらしい。

私が東京のスーパーマーケットで買って、帰省する時にはスーパーマーケットで袋代のかからない透明の薄い小さなビニール袋に入れて母の誕生日プレゼントとしたふりかけは、成分表示を見ると1日あたりそのふりかけだけで300mgもカルシウムが摂れる。

これは多いぞ。

食品売り場で他のふりかけの成分表示を見た時には10mgに満たないものから数10mgのものがほとんどだったので実に多い。

 

というわけで、誕生日にケーキ屋でケーキを買って持って行ったところで昔からの母の趣味である、毎年恒例の昆虫採集で集めた蝉(=生を全うしコンクリートの道に落ちた蝉を拾ってきてコレクションするのが母の趣味)をケーキの真横に置かれて私の感情が無になるのも防げ、母へのプレゼントはふりかけにしたかった。

 

漁師町で育った母は魚を好んで食べ、育った町とは関係なく肉を受け付けない体質なので肉を食べずに70年以上生きてきたわけだが、よく歩きよくカルシウムを摂ってきた人だ。

だが、骨粗鬆症についてよくよく調べてみると運動とカルシウムだけが発症予防になるわけではないらしい。

 

そうして調べたあとではあったが離れて暮らす私が母の栄養管理を全てできるわけでもないのでふりかけだけ持って行った。

 

私が帰省するより前に母と同じ県内で暮らす姉は、カルシウムのサプリメントを9月にはすでに持って行ったと、同じ日に帰省した姉から直接聞いた。

 

「お母さん、サプリメントなんていうハイカラなもん、飲む?」

驚いた私に姉は「嫌がっていたけど飲みなよって念を押した」と答えた。

 

母の誕生日に合わせて2人とも帰省したその日、姉と私は母が1人で住む家に行く前に地元の西友に寄って母の骨に良さそうな食べ物をあれこれとスーパーのカゴに入れた。私がはるばる東京から電車に乗って持ってきたのと同じふりかけが売り場にあったので、姉に言った。

「お姉さん、私が持ってきたふりかけってこれ。一応2袋は持ってきたけど、空になったら郵送しようかと思ってたんだ。だけどここにも売っているなら悪いけどお姉さんがときどきお母さんの家に様子を見に行っている日についでにふりかけもお願……あ! サプリメントがあるのか」

「うん。今後、サプリメントかふりかけ、どっちかお母さんが続けて摂っている様子のカルシウムを私が届けるよ」

姉にとっては、父が生きていた頃からあまり帰省しなかった私がふりかけを一度持ってきただけでも珍しいらしく2人姉妹のうちの自分が引き受けるのが当然かのようにこうして引き受けてくれることがある。

 

そういった負担をこれからはできるだけ分担していこうと私から提案した効果があってか、何も言わず負担を背負いすぎな姉のほうから、母の誕生日祝いを終えた2人での帰り道、頼まれごとをされた。

「お母さんがやっているスクラッチアート、見たでしょ。あれね、お母さんの痴呆症予防に私が100円ショップで買って持って行ってるんだけど同じ100円ショップで買っているから絵柄のパターンに限りがあるんだよね。そっちの100円ショップにも売っていたら今度お願い」

そう言われて、日常的に行く100円ショップの店内で1度でも母のことを思い出したことが私にはあっただろうか、と姉と私の違いについて考えてしまったが「わかった!」とだけ言って引き受けた。

 

ふりかけを持って帰省してから1ヶ月が経った。

私は1度100円ショップの塗り絵などが並んでいる幼児向け文具コーナーで6枚入りのスクラッチアートを手に取って買わずに置いた。

カルシウム含量の多いふりかけは、すでに中年の私が老年になって骨粗鬆症にならないように自分のために同じものを買ってご飯にかけて食べている。

 

つい先日、貧しい暮らしをしている母からテレビショッピングで1万円のお正月料理を衝動買いしたと嬉しそうに電話があった。

1万円を支払った月には母の電話は料金未払いで止まるだろうな、と思いつつ、お正月にはまた帰るから、と言った。

その私に母は食べ物で何が好きかと聞く。

同じように年月を過ごしてきたのに私は母のことをよく知っているが母は私のことを見ているようで見ていなかったのでよく知らない。

誕生日もクリスマスも母の食べられない肉の代わりにうちではエビフライがご馳走だったことを忘れている。

まだ痴呆症ではないはずだが忘れている。

「お母さんの作ったエビフライはもう2度と食べられないかと思っていたよ。私はエビフライが好き」

年末年始のどこかの日にまた姉と合わせて帰省するが、母は私がエビフライを好きなことを知っているだろうか。