1千万円の女

昨日、風呂の湯船に浸かりながら、洗面所で歯を磨く夫に言った。
湯船から腕だけ伸ばして、風呂のドアを開けてから。


「わたし、来年の目標を決めたよ。さ、さ、さんびゃくま、ままままま、んえん稼ぐよ」


「……なんでそんなに声、震えてるの?」


そんな答えが返ってきたけど、だって恐ろしいじゃないか。


わたしの今までの最高年収150万くらいだ。
7年前に服屋でバイトしてた頃、そのときが1番稼いでた。
ダントツに稼いでた。
ダントツに稼いで150万。
しかもそのバイトは体力切れで1年半でやめた。


その後、本屋でバイトしてた頃は年収90万円くらい。
体力切れで1年でやめた。


ここ数年、一銭も稼いでいない。


最近では漠然と『わたしの生涯年収って500万円くらいなんじゃないかなぁ。まかり間違ってあと数百万稼いだとして、それでもチビチビ稼いだそれらのお金を、わたしが死んだときに誰かが電卓で足していったら、きっと500万って数字が出るんじゃないかなぁ』
そう思っていた。


それがいきなり来年の目標300万だ。
そりゃあ、声が震えもする。


夫が続けて言った。
「300万と言わずに500万だ! 300万と500万のあいだには壁がある。だけど500万と1千万のあいだに壁はないんだ。500万稼げたら、1千万稼ぐのなんて簡単なんだ」


『なんだかマルチ商法みたいだなぁ』
と思った。


「さらに『わたしは1千万稼ぐ』と人に言いふらすんだ! そしたら本当に稼げるようになるから」
夫は、右手に持った歯ブラシを小刻みに揺らし、湯船に浸かるわたしを見下ろしながら、風呂場のほうまで入ってきて、熱心に語った。


だから言いふらす。


ここで言いふらす。


わたしは1千万円の女になる。
価値が1千万円の女ではなく、年収1千万円の女になるのだ!


夫が風呂場から出て行った瞬間、性産業がちらりと頭に浮かんだ。
一瞬で消した。