空の巣症候群

今日すること
……ない。



したいこと
……ない。


仕事ができなくて家にばかりいた夫が、仕事場を借りて巣立って行った。
一緒にいたからといって、夫は寝てるしわたしは寝てるしで、寝てる人間がひとり減っただけだ。


午前11時半頃、ピンポンって玄関のチャイムが鳴ったからパジャマにジャケットを羽織って出た。
エホバの人だった。
わたしの好きなマンガ『NHKにようこそ!』をそのまま実写化したような人だった。
といっても、岬ちゃんじゃなく岬ちゃんのお母さんにそっくりなのだ。
化粧をきちんとしてツーピースを着て、顔と体がちょっと横に大きめで、日傘を差していた。


ふたり組で来るって本当らしい。
もうひとり、後ろに立っているのは申し訳なさ気な「教頭先生」といった雰囲気の男性だった。


「お休みのところすいません」
岬ちゃんのお母さんが言った。
「昨日、ご主人に聖書をお渡ししたのですが」


『あぁ。あれか……」
と思った。
昨日、お昼近くまで寝ているわたしの枕元に夫がスッと置いた聖書だ。
「起こしてもいいけど、聖書で起こさないでよ」と怒った。
「ごめん。俺もエホバからもらった聖書で君を起こしたのは悪いと思っている」


『しかもエホバか!?』


昨日聖書を渡したというエホバの人に、パジャマにジャケットを羽織っただけで、顔さえ洗ってないというのに「すいません。今から出かけるところなんで」と言ってドアを閉めた。


また寝よう。
楽しげで、天気のいいゴールデンウィークが過ぎ去るのを寝て待とう。
ついでに夫が仕事場から帰ってくるのも寝て待とう。