小説「華厳経」1-5

午前11時にのろのろと起きた。「もう梅雨に入ったのか」と思いつつ、外が雨のせいで暗い部屋の中、パソコンの電源を入れた。今日は午後3時から出勤の予定を入れてある。わたしはホテヘルに籍を置いている人間にしては珍しいかもしれないが深夜の繁華街は苦手だ。だから午後3時から午後8時までの5時間を仕事の時間にあてることが多い。出かける準備を始めるまでにはまだ時間がある。
 アバターサイトにログインすると「新着プレゼント31件」の赤い文字が目に入った。
「あぁ。新しいガチャが始まったのか」
声に出して独り言を言った。
 アバターアイテムをわたしに送ったのはチョコちゃんというアバターだった。「ちゃん付けで呼んでね」そう言われたのでチョコちゃんと日記のコメント欄やチャットの吹き出しでは呼んでいるが、たぶん40歳を越えている女性だ。ちなみにわたしは27歳。決して登録数の少ないサイトではないが、20代半ば以上のアクティブユーザーというとさほど多くはないので20代後半も30代も40代も、サイト内での友達や友達の友達として固まる傾向にある。
 アイテムひとつひとつに、チョコちゃんからのメッセージが添えられているのを、ワンクリックで確認していく。
「1個目。リカちゃんおはよう」
「2個目。ガチャ始まったね」
「3個目。今回もリカちゃんは回してないと思って」
「4個目。私は今回も課金して回しちゃったよ……」
「5個目。なかなかレア出なかった〜w」
「6個目。やっと出たけどなんか微妙」
「7個目。でもまぁいっか。解禁したら過去アイテムとトレードできるかもしれないしね」
「8個目。このうさぎはレアじゃないのに可愛いと思うんだ」
「9個目。これはダブりすぎw」
「10個目。これもいらないかもしれないけど……」
そうして短文のメッセージが続いていく。
アイテムに添えられてたメッセージを、受け取った後に消せたら良いのにな、と思う。
 そのアイテムをアバターに身につけさせるたびに「これはダブりすぎw」という笑いの付いた悲鳴を感じなければならない。
「29個目。課金してること、まだ旦那に気づかれてないw」
「30個目。今日はパン教室の日」
「31個目。行ってきます」
 
『チョコちゃん、わたしも行ってきます』
 パソコンの電源を落として化粧に取りかかった。

 生活費は毎月夫から振り込まれているのに、わたしはホテヘルで働く。