みかんのかみ

整形外科に行きました。
20日前に折った足の指は、まだ繋がっていませんでした。


診察が終わると、病院を出て、サイゼリヤを目指しました。
途中、お寺の前を通りました。


せっかくだから参拝して行こうと、思いました。


そのとき、シャッフルにして聴いていたiPodから、デスメタルが流れてきました。
荒くれ者の気分になったので、お寺参拝はやめました。


替わりに、「デストロイ」と蚊の鳴くような声で呟いて、足下に落ちていた、みかんを蹴りました。
正確には、みかんではなく、夏みかんとか、はっさくとか、そういった類の、多きめの……、みかんでした。


みかんを攻撃して、さらに気の大きくなった私は、サイゼリヤへと、ずんずん進みました。


そして、回れ右をして、お寺のほうへ戻りました。


お寺の入り口に向かって、深々とお辞儀をしました。
本堂の前でも、お辞儀をしました。
お財布を開けると、1円玉と100円玉と、お札しかありませんでした。
1円玉を5枚、賽銭箱に向けて投げました。
1枚は、取りに行くのも不可能な、どうしようもないところへ飛んで行きました。


神に、謝りました。
「1円玉を飛ばしてしまい、ごめんなさい」
続けて、参拝の目的を果たすべく、神に祈りました。
それは、足を早く治してほしいとか、愛が欲しいとか、そういうことではありません。


「みかんを……」
そこで言葉を切りました。


勇気を出して続けました。
「みかんを蹴ってしまってごめんなさい。
みかんを蹴ってしまってごめんなさい。
みかんを蹴ってしまってごめんなさい。」


相手は流れ星ではないのに、3回唱えました。


本堂とか、門とかに、ぺこぺこぺこぺこ頭を下げながら、お寺を後にしました。
蹴ったみかんの前を通ったときは、みかんに手を合わせ、謝罪しました。


これからは、もっと食べ物を大切にしようと、思いました。


だから、その後、サイゼリヤで「シナモンフォッカチオ」を食べたとき、フォッカチオの上にかかったシナモンを少しもこぼさないように努力しました。
紅茶に砂糖を入れるときも、中途半端な量を残さずに、スティックシュガー1本をきっちり使い切りました。
甘すぎたけれど、神に背かない人生ってなんて安心するのだろうと、思いました。