愛はバスの外にある
わたしはバスに乗っていた。
信号待ちでバスが止まったとき、同じく信号待ちで停車している乗用車の運転手が、思いっきり鼻をほじっているのが見えた。
その男性は、これでもかというくらい、小指を鼻の穴に突っ込んでいた。
どう見ても鼻をほじっているのだけど、実際問題、他人が何を考え、なんの目的で行動しているのかなんてわからない。
わからないのなら、できるだけ、他人のことを良いほうに想像したい。
小指で思いっきり鼻をほじっている男性……、彼は実は鼻をほじっているのではない。
ただ、鼻毛を指で鼻の奥に追いやっているだけなのだ。
なぜそんなにも鼻毛を気にするのか。
それは……
彼がこれから、最愛の女性に会いに行くからだ。
彼女は、記憶喪失で不治の病で、それから電車の中で酔っぱらいにからまれたり、エルメスのティーカップをくれたりもする。
そんなキュートな女性とのデートを控えた彼が、車の中で鼻毛を鼻の奥に追いやるのを、誰が止められようか。
世界は愛に満ちている。
愛に満ちているはずなのに、バスを降りようとしたら、バスの運転手の陰謀で、ドアに挟まれそうになった。
愛には障害が必要だ。
やはり、世界は愛に満ちている。