猫ワシャおじさん

昨日、道端で猫をなでた。
今日もなでたくて、同じ場所に行ったら、またいた。


「にゃー」というわたしの声を聞いて、猫も「にゃー」と鳴いた。
それも昨日と同じだ。


こちらが「にゃー」と言う前から、「にゃー」と鳴く猫は、確実に触らせてくれる猫。
「にゃー」という声に反応し、一歩遅れて「にゃー」と鳴く猫は、ほぼ、確実に触らせてくれる猫だ。


なでながら、猫にたくさん話しかけた。


「ありがとね。
今日も触らせてくれて。
明日も君は、きっとここにいるんだろうね。
でもわたしは、明日は来れないよ。
だって、明日は、マンスリーマンションをチェックアウトして、帰っちゃう日だから。
もうこの辺りを散歩することもないんだよ。
もっと早く、この道を散歩コースに入れておけば、君といっぱい遊べたのにね。


ごめんね


バイバイ」


……


「バイバイ」とは言ったものの、しゃがんだ私の足に、頭を擦り付けている猫から離れるのは、勇気がいる。
いっそ、猫のほうから立ち去ってくれればいいのに、そう思った。


そこに、もう一匹の猫……、じゃなくて、ひとりのおじさんが笑顔で近寄ってきた。
おじさんは、わたしにぴったりと寄り添ってる猫に、話しかけた。


「よかったねぇ。なでてもらって」


猫は答えない。
だから代わりにわたしが、おじさんと話した。


「このコ、やっぱり野良猫ですかねぇ」


「わかんないけど、たぶんそうじゃないかい?」


「昨日もここにいたんですよ。それで、今日もいるかなぁ、と思って来たら、やっぱりここにいて……。でも、わたし、明日は来れないんです」


ボソボソと小さい声で呟くわたしに、おじさんは、何も答えなかった。
どう考えたって、答えようのない話だ。
でも、ちらりとおじさんの顔を見ると、近寄ってきたときと同じ笑顔だった。
それを見て、ほっとした。
安心した。


猫がおじさんのほうに、寄って行った。
おじさんは、ゴツゴツして大きくて、さらに若干変形している手で、猫をワシャワシャとなでた。


『猫はおじさんに託した!
だから、おじさん、明日も明後日も、このコに会いに来てやって下さい。
このコは、自分から擦り寄って来るくらい、なでられるのが好きなコなんです』


言葉には出さなかったけれど、そうテレパシーで伝えて、わたしは立ち上がり、歩き出した。


『あと、ところでおじさん。
あなたは路上で生活している方ですよね?
勝手にそう思って、明日も明後日もって、猫を託してしまったけれど、観光で来てるだけだと、ちょっと困ります』