電信柱よ犠牲になれ

電信柱が蹴りたいです。


道を歩いていて、電信柱が目に留まるたび、「あぁ、あれをガンガン蹴ったら気持ちいいだろうなぁ」と思います。
そして、「蹴りたいなぁ、蹴りたいなぁ」と考えているうちに、電信柱を蹴っちゃいけない、この日本という国に腹が立ってきました。
このままだと、「電信柱を蹴ることさえ禁止する、規則でがんじがらめのこの国を変えよう!電信柱を蹴れる自由な社会を!!」とか書いて、読売新聞とかに投書してしまいそう、というところまで、電信柱を蹴りたい熱が高まってきたので、天才に相談してみました。


「なんで、電信柱ガンガン蹴っちゃいけないんだと思う?」
「いや、だって、嫌だろ。電信柱ガンガン蹴ってる人いたら」
「うん。いやだ。警察に通報する」


相談は、あっさり終わりました。
そして、最近空手をやり始めた天才に、グローブを手渡されました。
天才は、なんだか宇宙飛行士がかぶるヘルメットみたいなのをかぶり、胴回りにも防具を付けました。


「さぁ、来い」


来いと言われたので、行きました。


殴ったり蹴ったりしたら、スカッとしました。


……でも違う!と思いました。
本当はわたしより強いのに、「でもやり返さないという約束だから絶対やり返さないよ」という約束の上での「無抵抗なひと」でなく、本当に無抵抗なものを蹴りたいのです。


いじめも同じです。
「こいつは弱い、やり返さない」というのは、ただの約束事なので、興味ありません。


わたしは、電信柱にしか興味ありません!!


あと、時間を気にせず、のびのびと蹴りたいので、人通りの少ないところにある電信柱をこそこそと数回蹴る、とかではダメなのです。


なんでしょう、この衝動は……


最近観た2つの映画に、似たようなシーンがありました。
ひとつは「心中エレジー」です。
ヒロインは鉄パイプでガードレールを叩いてました。
そのあと、ホームレスを偶然見つけて、殴り殺したりもするのですが、初めはガードレールだったので、電信柱を蹴りたいわたしと気持ちは同じだと思いました。


もうひとつは、「偶然にも最悪な少年」です。
ヒロインが、電車の中でドアをガンガン蹴ってました。


もしかしたら、女性に共通の衝動なのかな、と思いました。


さらに、もしかしたら、わたしは映画のヒロインを演じたいだけなのかもしれない、とも思いました。
ただ近くにカメラがないだけで、電信柱を蹴っているとき、わたしは映画のヒロインと同じになれるのです。


また、実際より、きれいにもなれます。
映画の中で暴力シーンを演じる女優さんは、「女が、暴力を」という意外性から、日常のシーンよりもきれいに見える、わたしはそう思います。
だから、手っ取り早くきれいになりたいときは、ホットヨガをやったり美白化粧品を使ったりせずに、電信柱をガンガン蹴ればよいのです。


蹴ればよいんですけど、蹴っちゃいけない、この日本を憎みます。


そんな折り、天才が、「巻き藁欲しくね?」と言い出しました。
天才は空手の練習のため、わたしは美容と精神の健康のため、わたしたち夫婦に今、一番必要なものは巻き藁です。


電信柱を蹴りたい理由はいまいちはっきりしませんでしたが、今、必要なものが巻き藁だということだけは、はっきりしました。


前進しました。