バランス

ファミレスで、天才とわたしは、見つめ合っていた。
見つめ合いながら、持っていたメモ用紙に、わたしは天才の、天才はわたしの似顔絵を描いていた。
要するに暇だった。
ファミレスに行って、食事も話も尽きると、わたしたちはよく、お互いの似顔絵を描いて暇を潰した。


「天才はあいかわらず絵が上手いね。わたしの顔をいつも3割増しの美人に描いてくれてありがとう」
「いやぁ、それほどでもないよ。それにしても君はあいかわらず絵が下手だなぁ。俺の耳は、目より上には付いていないよ」
「あはははは」
「あはははははははははは」
 

その日も、そんな和やかなひとときが過ぎると思っていた。
ところが、いつもと調子が違っていた。
天才が禁煙中だったことも関係あったかもしれない。


「君はなんでいつも、俺の顔を日本昔ばなしのおじいさんみたいに描くんだ。それは何かの嫌がらせなのか」
急に天才が怒り出した。
「ソラマメみたいな顔に描きやがって」
そう言うと、それまで描いていた3割増し美人のわたしの顔に大きく×印を付け、極端に地味な顔に描き直した。
「はい、できたよ。君の顔」


それ以来、ファミレスに行っても、似顔絵描きはしなくなった。
そしてすっかり、「日本昔ばなしのおじいさん」のことは忘れていた昨日のこと。
家の水槽におでこをつけ、じーっと中を覗いていると、後ろから天才に声をかけられた。


「金魚、元気? 」
「え!? 元気・・・・・・、じゃないかな?たぶん。・・・・・・あ!ほら、そこにいた」
「・・・・・・、君は今まで何を見ていたの?」
「プレコ」
 

金魚を飼っている水槽の、コケ掃除役として飼い始めたプレコが、金魚よりかわいく感じるようになっていた。


「プレコは、何時間見てても飽きないんだ。もしかして、プレコよりかわいい生き物って、この地球上にいないんじゃないかな」


天才は、さっぱりわからない、というように首を振った。


「だって! 目が離れてるんだよ!! 」
わたしは、天才にプレコのかわいさがわかってもらえないのが悔しくて、つい声を荒げてしまった。
「あ! でも、プレコよりかわいい生き物、いた。上野動物園で、オオサンショウウオって見たことあるんだけど、それはプレコよりすごかった。究極のかわいさだった。だって、目が離れてるだけじゃなく、目の高さが全然違うんだよ! 非対称なの。アシンメトリーなんだよ。すごくない? アシンメトリー


・・・・・・、と、わたしが力説している間、天才は心ここにあらず、といった感じで、なにやら考え事をしているふうだった。
そしていきなり、天才が声を張り上げて言った。


「わかった! 」


やっとプレコのかわいさをわかってくれたらしい。


・・・・・・、と思ったら違った。
「君が俺の顔を日本昔ばなしのおじいさんみたいに描く理由がわかったよ。君はあのソラマメみたいな顔を、本気でかわいいと思っていたんだね。そうか、やっとわかった」
天才が、ひとりで勝手に納得してくれた。
ということは、またファミレスで似顔絵描きができるのか、と考えたら、わたしは嬉しくなった。


ただ、ジュンク堂に行ってこっそり買ってきた「スーパー人物スケッチ」という2千円もする本が無駄になることだけが、気がかりだった。
でも、その本に載ってる絵は、全部シンメトリーでつまらないから、「まぁ、いいや」と思った。