おもちゃのチャチャチャ

昼に目が覚めた。
太陽ががんがん照っていて、眩しいくらいなのに、部屋の電気はつけっぱなしだった。
『あぁ、そうだ。天才が帰郷してて、ひとりの部屋は怖いから電気つけっぱなしで寝たんだった。あぁ眩しい』
そう思いながら部屋を出てリビングに行った。
テレビをつけたら、見慣れた川が映っていた。
実家の近くの川だ。
わたしはいつも、生まれ育ったところを聞かれると、こう説明する。
「千葉県なんですけど、でも千葉県といっても千葉の田舎のほうじゃなくて、川を越えたら東京都ってところなんですよ。江戸川1本超えたら東京都なんですよ」


その江戸川が、テレビに映っていた。
アナウンサーは、「旧江戸川」と言っている。
江戸川に「旧」とか「新」とかあったなんて、今まで知らなかった。
でも江戸川のことならよく知っている。


小学校の歩き遠足で行って、シロツメクサの冠を作った。
段ボールをお尻に敷いて土手を滑った。
・・・・・・、その江戸川。


小学校も中学校もマラソン大会はそこだった。
どこからともなく沸いてきたおじさん達の暑い視線を受けながら、ブルマ姿で走った。
・・・・・・、その江戸川。


学校の行事で行くたび、「川の側には近寄るな」としつこく先生達に言われた。
同級生の弟は、川で溺れて寝たきりになったらしい。
・・・・・・、その江戸川。


でもよく見たら、テレビに映っているのは、わたしの知っているあたりの江戸川ではなかった。
江戸川は長い。
長い長い江戸川の、わたしの知らないあたりで、船が電線にぶつかって、そして今朝大規模な停電が起きたらしい。
千葉県と東京都で停電だったらしいけど、東京の、わたしの住んでいるところで、停電が起きたのかどうか知らない。
テレビを見てても、江戸川ばかり眺めていてアナウンサーの言葉をちゃんと聞いていなかったから、さっぱりわからない。


だから例えばだけど、わたしの家も今朝停電だったとする。
深夜3時に電気を消さずに眠ったわたしの部屋は、今朝の停電直前まで電気がついていた。
そして停電。
その後復旧。
その何時間か後にわたしは起きた。
部屋の電気は、夜と同じようについていた。


わたしは停電を知らない。
テレビで知ったけど、でも知らない。


実家にいた頃、深夜とか朝方に地震が起きた日は決まって、朝起きると母に、「昨日地震あったの知らないでしょ」と言われた。
「知ってるよ、1回目を覚まして、また寝たんだよ」と毎回わたしは答えた。
それでも毎回、母の第一声は「地震あったの知らないでしょ」だった。


何度もそう言われているうちに、「わたしは本当に地震があったとき、起きていたんだろうか」と、自信がなくなってきた。
地震があったことは、母に言われる前から知っていた。
知っていたのは、地震の揺れのせいで眠ったまま地震の夢を見て、それで知っていただけなんじゃないかという気になった。
夜眠ってから朝起きるまで、1度も目なんて開けなかったのかもしれない。


何が言いたいかというと、眠っている間に何か知らないことが起きているのは怖いなぁ、と思ったということだ。


幽霊除けに枕元に置いておいたリサとガスパールが、取っ組み合いのケンカをしていても怖いし、飼っているスナネズミ達が、いつも寄り添って寝ているから仲良しだと思ったら、わたしの寝ている間だけ噛み合いのケンカをしているのだとしたら、怖いなぁ、と思った。


そして、わたしはというと、天才のいない間に、天才の知らないわたしになることもなく、いつもどおり、クターっとしている。
天才のよく知る、クターっとしたわたしだ。


全部知りたいけど、全部知られたくはない、そんな乙女チックなことを考えた。


明日は終戦記念日
わたしはもっと戦争について知るべきだと思う。