ラリホー・オーム

お祭りの日に、たこ焼きを食べるために脇道に逸れたら、オームがいた。
小さなペットショップの店頭にいたのは、体長30センチくらいの大きなオームだった。
オームはケージに入れられていなくて、そのまま止まり木のようなものに鎖で繋がれていた。


オームなら喋れるだろうと思って、「こんばんは」と語りかけてみた。
期待通り、「こんばんは」と返ってきた。
でもなんか、あまり滑舌が良くなかったので、正しい「こんばんは」を教えるため、もう一度オームに「こんばんは」と言った。
初めと同じ、あまり滑舌の良くない「こんばんは」が返ってきた。
今度はゆっくりはっきり、一字一字区切りながら、教えてみた。
やっぱりだめだった。
何度か繰り返すうち、オームは首を傾げて黙り込んでしまった。
「もう、君はなんではっきり『こんばんは』って言えないの」と、オームを叱った。
そしたら、オームは、今までになくはっきり発音した。
はっきり発音したこと言葉は、「こんばんは」じゃなく、「バイバイ」だった。
わたしはオームに追い払われた。


それからしばらく経った。
昨日、たまたま近くに行ったので、オームを見に行った。
お祭りの日と同じように、オームは店の前にいた。
わたしは、そのオームのしゃべれる言葉をふたつ知っている。
「こんばんは」と「バイバイ」。
そして「バイバイ」ははっきり発音できて、「こんばんは」ははっきり発音できないことも知っている。
どうせなら、はっきり発音できるほうを聞きたいけれど、会ってそうそう「バイバイ」というのもなんだ。
まだ夕方で明るかったけど、「こんばんは」とオームに言った。
オームは黙っていた。
何度語りかけても、ときどき首を傾げるだけで何も言わなかった。


仕方ないので作戦を変更し、オームの得意な「バイバイ」でコミュニケーションをはかることにした。
ところが、わたしの言った「バイバイ」に対し、オームから返ってきた言葉はもっと長かった。
それに、小さいこどもが文句を言うような口調だった。
聞き取れず、「なんて言ったの?」と聞き返してみた。
 
オームはまた同じ言葉を言った。
何度も何度も、不満を表すような口調でその言葉を言った。


そのうち、自分の周りの糞を突っついては、これでもないあれでもないみたいな動作を始めた。


「何?何が言いたいの?」ともう一度オームに聞いた。
オームは、今までより少しはっきりと発音した。
語尾は聞き取りずらかったけど、オームはこう言っていた。


「エサがないよ〜」


ちなみに、「ないよ〜」のところは、人間でいうと「ラリホー」と言うときと同じアクセントだった。


確かにエサはないようだったけど、わたしはペットショップの人間ではないので、どうすることもできない。


わたしはオームに「バイバイ」と言って歩き出した。
お祭りの日、「こんばんは」としつこく教えるわたしをオームは「バイバイ」と言って追い払った。
でも今度は、立ち去るわたしに、「バイバイ」とは言わなかった。


代わりに、「エサがないよ〜」と言い続けるオームの声が後ろから聞こえた。
わたしは歩きながらオームの口まねをしてみた。


「エサがないよ〜」