月曜にカウンセリングに行った

「すいません。今、ヤクルトの前にいるんですけど、道に迷ってしまいまして」
と、予約時間が3分過ぎたところでカウンセラーに電話をかけた。
本当は道に迷ってなんかない。
遅刻したのは単に、どんなメンヘルカウンセラーが登場するのかと憂鬱で、家でウダウダして出かけるのが遅かったから。
「そのまま直進して頂きますと、築年数の経ったマンションが見えてきますので、すぐにわかるかと思います」


すぐにわかった。


ただし、『たしかに築年数は……35年ほど経ってそう』っていう、マンションじゃなく団地だった。


1階の1番奥の部屋。カウンセリング室の外で、カウンセラーが出迎えてくれた。
電話の声から察するに、20代後半から30代前半のメンヘル女性かと思っていたけど、40代のふつうの……


暗い雰囲気のおばさんだった。


鉄製のドアを開けてくれて、わたしもそのドアに手をかけたとき、「重ッ!懐かしい」って思った。
小学校のときの同級生、小塚さんの家を思い出した。


中に入ると、ちっちゃい玄関があって、目の前には5足のボアのスリッパが並んでいた。
スリッパを履いて、「こちらです」と通された部屋は、4畳半の畳ばりの上に……ペルシャ絨毯?


……じゃない!
ダイエーとか、ふとん屋さんに売ってるような、ペルシャ……柄……の絨毯。
向かい合わせのソファーにも、やっぱりペルシャ柄のクッションが置いてあって、どれだけ座ればこんなにぺったんこになるんだってくらいぺったんこだった。


ソファーに向かいあって座った。
と思ったら、カウンセラーがもう一度立ち上がった。
「改めまして、わたくしが今日担当していただく……」
「こちらこそよろしくお願いします」


頭を下げたとき、カウンセラーの履いているボアのスリッパが見えた。
わたしもそれを履いている。


再びソファーに座った。
カウンセラーとわたしのソファーの距離がやけに遠い。


それよりも、なんだか、昔どこかで嗅いだことのある匂いに、別の何かの匂いが足されたような匂いが気になった。
隣の部屋との仕切りが襖で、明らかに隣で誰か動いてる気配がするのも気になった。


知らない誰かの家に、やむをえずお邪魔している気分。


何人かのカウンセラーが在籍しているカウンセリング室という情報は何かの間違いで、ここはこのカウンセラーの自宅なんじゃないかという気がしてきた。


隣で「ガタッ」って音がするたび、「認知症のおじいさん? それともひきこもりの娘さん?」と、自宅にしても、不幸な想像ばかりしてしまう。


「まずお聞きしたいのが、このカウンセリングに何をお望みですか?」
と訊かれ、『え〜と……なんて答えるべきか』と考えている最中、匂いの正体に気付いた。


長らくフローリングの部屋で生活していたから忘れていたけど、畳みの匂い……


プラス、カビの匂いだ!
畳みにカビの生えた匂いだ!!


「ファブリーズをわたしは望んでいます」と言うわけにもいかず、「パンフレットに、『認知行動療法』『夢・イメージ療法』『自律訓練法』など、いろいろ書いてありましたよね。中でも、自律訓練法を習ってみたいです」
と、わたしは、はきはき答えた。
本で読んでやり方は知っているけど、カウンセラーが患者に教えるときの手順とか、口調とか、そういうのを見てみたかった。


わたしの答えの何がいけなかったのか、しばらくの、間。


時間に対してお金を払っていると思うと、自分の作る間ならまだしも、カウンセラーの作る間は、もったいなく感じた。


「えーっと……申し訳ないんですけど、わたくしは自律訓練法はできないんですね」
「…………」


間。
わたしの作った長い間。


「他の……こちらのカウンセラーさんの中で、他の方なら、自律訓練法ができるということですか?」
「いえ。こちらにできる者はおりません」


パンフレットが……嘘……夢診断とかも期待できなそう。


「いかがなさいますか?」
と、カウンセラーに『今日のカウンセリング自体やめますか』というニュアンスの問いを投げかけられた。


そうは言われても、来てしまった。
ボアのスリッパを履いて、かび臭い部屋に上がりこんでしまった。


「ふつうの……お話を聞いていただくカウンセリングでお願いします」


そうしてカウンセリングは始まった。


(このカウンセリング室……かび臭いお部屋は、わたしが途中まで書いていっこうに進んでない小説『はじめて物語』に今後出てくる可能性があります。出てこない可能性もあります。わたしが勇気を出してまた別のカウンセリング室に行った場合、そっちが出てきます。そっちに行けるといいね、千歳ちゃん。)