魔法少女ニューロシス 1

 『次はどれを食べようかな』
 お弁当箱の中身を覗くふりをして、腕時計を見た。
 もう、三分が経過している。
 今は昼休み。夏希と咲子、それにわたしの三人は、みっつの机を付け、あいだに三角形の隙間を作って、座っている。
 夏希が「五時間目の体育は何をやるんだろうね」と言った。
 助かった。夏希の当たり障りない発言によって、三分間の沈黙は破られた。
 咲子が「隣のクラスの友達に聞いたんだけど、バドミントンらしいよ」と答えた。
 わたしはすかさず相づちを打とうとしたけど、夏希の「ヤバッ! むだ毛剃ってない」という言葉に遮られた。
 口の形だけが「へぇー」で、声は出さなかった変な人間……
 夏希と咲子に、きっとそう見られたに違いない。
 咲子は、夏希の「むだ毛」発言にたいし、机を叩きながら大げさに笑い、「ちょっとやめてよ。ジュースふくとこだったでしょ」なんて言いながらも、二十秒後には真顔に戻った。
 また三人のあいだに沈黙の時間が流れる。
 腕時計の針は、三十秒、四十秒と進んでいく。
 この高校に入学して三週間。この三人グループに所属するようになって同じく三週間。 お昼休みや、授業と授業の合間の休み時間に、ふたりに気付かれないよう腕時計を確認するのは、もうお手のものだ。
 ……あ!
 五分経過。
 タイムリミット。
 わたしの決めた、沈黙の限界時間。
 どうしよう。
 なにか話さないと。
 さっきは咲子が話題提供した。
 そして夏希が話を広げた。
 わたしは、ふたりから見たら、まったく話に加わらなかったわけだ。
 だから今度はわたしが何か話す番だ。
 えっと……
「あのね、わたしのお父さん……」
  夏希が水色の箸をくわえながら……
 咲子がお弁当箱を机の上に置いて姿勢を正して……
 わたしを見た。
「わたしのお父さん……」
 視線をさまよわせながら、わたしはもう一度繰り返した。
 夏希が箸をナプキンの上に置いた。
「魔法使いなんだ」
 わたしは最大限に明るい笑顔で、ちょっと大きめの声で、言った。
 きっとふたりは笑ってくれるに違いない。
 大爆笑だ。
 こんなおもしろい話、笑わないわけがない。
 最大限の笑顔のまま、ふたりの顔を交互に見た。
 夏希が目をそらした。
 咲子も目をそらした。
 ふたりは、お弁当箱を持って、さっきよりもハイペースで玉子焼きやらそぼろごはんやらを食べ始めた。
「あ、あのね、魔法使いっていうかね、科学者……でもあるのかな? とにかく変なんだ。
これがまた笑えるんだよ。笑い話には事欠かない人なんだよ」
「へぇー。おもしろいお父さんだね」
 咲子が言った。
 ……え?
 まだ何も具体的なことは話してないのに。
 腕時計を見る。
 二分四十秒経過。
 これは、わたしがお父さんのことを話題にしてから、夏希が沈黙している時間。
 ……何か別の話題に変えないと。
 夏希が高野豆腐の煮付けを箸でつまみ、口元まで運んだ。
「夏希、高野豆腐って、スポンジの味がするよね」
「……うん。そうだね」
 夏希が箸を止めた。
 そして、高野豆腐をお弁当箱の中に返すと、蓋を閉めた。

 
 チャイムが鳴った。
 わたしには、苦行の終わりを告げる合図に聞こえた。
 

 とはいえ、明日も苦行の時間はやってくる。