水道戦争

一緒に暮らしている天才と、台所にふたり並んで、料理をしました。
天才は、とても手際が良く、わたしが「次はどうするんだっけ」と料理の本を見ている間に、卵の殻を剥いたり、レタスを千切ったり、どんどん作業を進めていきました。
ありがたいことです。でも、天才の手際が良いのは、料理がうまいからだけではありません。
水道の使い方が上手だからです。


わたしは水道の水で、おたまを洗っていました。そのおたまの上に、彼が手を差し込んできて、トマトを洗いました。
わたしはいったんおたまを引っ込め、彼が水道を使い終わるのを待ちました。


わたしが先に使っていても、彼が使うときにはわたしは譲る……。
一緒に暮らし始めてから、1年間、ずっとそうしてきました。
それが、当たり前だと思っていました。
なぜなら、わたしは彼より立場が低くて、価値のない人間だからです。


料理をしながら、天才にその話を振ってみました。
「やっぱりさ、わたしが水道使ってるときに、割り込んで来るのって、わたしに価値がないからだよね。いいんだ、わかってるし。それで全然かまわないよ」
「お前なに言ってんだ?水道使うのに、価値があるとかないとか関係ねぇだろ。オレが使ってるときだって、お前も手出して使えばいいじゃねぇか」


その後、天才は、アメリカについて語りました。
「自己主張しないと、アメリカだったら銃殺されるよ」と言うので、わたしは「殺されるちゃうのかぁ〜」と思いました。
次に天才は戦争について語りました。
自分がこう思ってるから、相手も同じように思っているはず、という思い込みが、戦争を招くのだそうです。


天才は、空いた皿を洗いながら、「レイプ」とか「虐殺」とか、とても物騒な単語を口にしました。わたしは野菜を炒めながら、その話を聞いていました。


途中、手に調味料がはねて、その手を洗いたくなったけれど、天才が水道を使っていたので、水道なんて全然使いたくないふりをして、話を聞き続けました。