メール「風邪に負けました」

ひさしぶりに会う友人たちと一緒らしいから邪魔しちゃいけないと思いつつ、天才にさっき(午後2時に)メールした。
「風邪に負けました。ところで換気扇を止めるボタンはどこですか?」
換気扇の音が気になって眠りたいけど眠れないのだ。


うちはテラスハウスで、1軒屋みたいな縦長の作りだ。
地下から2階までの全部屋、トイレ、洗面所などすべてに付いている換気扇をいっきに回すボタンが、ブレーカーの近くにあるらしい、ということは知っていた。
雨の日や、お風呂に入ったあとなどに、家の中が湿気ってしまわないように、天才がまめに回しているなぁ、というのも見ていた。
だけど、わたしは触ったことがなかった。
住み始めて2年になるけど、なかった。


この家は、ちょっと作りが変なのだ。
2メートルくらい身長がないと届かないところにブレーカーやら換気扇のボタンやらの収まった箱みたいなのが付いている。


まずその箱の蓋を開けようと試みた。
玄関のすぐそば。
足下は階段。
収納庫の扉を開けて、好きな高さに簡単に取り付けられる…ということは不安定…なベニヤ板の下から2段目によじ登り、それでも届かないから、やっぱり下りた。
クイックルワイパーの本体を持ってきて、柄の部分を使って1番目立つ「ちょっと怪しいな。ブレーカーっぽいな」と思うものを下に下げてみた。
ブレーカーだった。
電気が消えた。
クイックルワイパーでもう一度押し上げてみた。
ファックス電話が、なんかしゃべった。


……と、頑張ったけどだめだったから、天才にメールした。
しばらく待ったけど返信が来ないから電話した。
風邪じゃない日でも、換気扇の大きな音をわたしが苦手なのを知っている天才は、止めて出掛けなかったことをしきりに謝っていた。
そして場所を教えてくれた。
「でもこの小さいボタンをクイックルワイパーで押したら壊すよ」と言ったら、「ハンガーで押すといいよ。そっちのほうが細いから」と、丁寧に道具まで教えてくれた。
天才だって身長は2メートルもないから、ハンガーを使って換気扇を回したり止めたり、そうしてカビが生えたり匂いがこもらないよう、定期的にやってくれていたのだろう。
『また換気扇回してるなぁ。うるさいけどちょっとの我慢……』
と、ブレーカーや換気扇のボタンの収まった箱のあたりにいる天才をよく見ることもなく、なんとなく見てきた。


天才との通話を終えたあと、ハンガー片手にもう一度挑戦した。
よじ登りながらハンガーで、換気扇を止めるための小さなボタンを押すという器用なことはわたしにはできなかった。
だから、ハンガーは床に置いて、手でボタンが押せる高さのベニヤ板までよじ登った。
下は階段だし、落ちたときのために予め眼鏡は外しておいた。
ベニヤ板はグラグラしたけど、外れることも割れることもなく、わたしは換気扇を止められた。


「これで眠れる」と思ったけど、寝てしまうのはもったいない。
最近のわたしは毎日やりたいことがある。
それは狗飼恭子さんの小説を読むこと。
なんでいままで狗飼さんの小説を読まなかったんだろうと思うと同時に、たくさん出ている狗飼さんの小説をまだまだ読めると思うと嬉しい。
もう連続で3冊読んだ。
こうして同じ作家の小説を連続で読むのは久々だ。
10代の頃は、同じ作家の本、連続10冊とかそういう読み方ばかりしていた。
だけど最近は、むかしほど本を読まなくなったのと、好きな作家が自分と同じ年とか年下とか、デビューして間もないとか、そういうことが多くて「あぁ……わたしはこの作家さんがデビューした頃、すでにこの世にいたのになんでいままで読んでこなかったんだろう」と切実に思うことがなくなっていた。
出ているぶん全部読みたいと思うことはあっても、数冊で読み終わってしまう。


……


と、これを書いてる途中で天才がカコナールの入ったビニール袋を持って帰ってきた。
「換気扇、自分で止められたよ。こうやって」と、再現して見せようとしたら途中で制止され、「それ、平行宇宙では君、死んでるよ。俺が帰ってきたときには、すでに死んで階段に転がってたり、半身不随になってたり、目がつぶれたりしてるね」と言われた。
わたしは「眼鏡外しといたから大丈夫」と答えた。
「そういう怪我するのを想定した行動は」とか、なんか言っていた。


下に、いま現在読み終えている狗飼恭子さんの小説を貼っておく。

薔薇の花の下 (幻冬舎文庫)

薔薇の花の下 (幻冬舎文庫)

恋人が自分以外の誰かのものになるのがとても嫌なので、死んでくれたらいい、と思ったことが、ある。
わたしを好きでたまらないうちに死んでしまえ。


愛のようなもの (幻冬舎文庫)

愛のようなもの (幻冬舎文庫)

自分で言うのもなんだけれど、あたしは、普通の女の子の三百倍くらい、意地悪だと思う。
でも神様。
だからなんだっていうの?


一緒にいたい人 (幻冬舎文庫)

一緒にいたい人 (幻冬舎文庫)

「ミリ」が好き。


女性作家よりも男性作家の小説を読んできた。
とくに、女性作家の描く恋愛小説は、本屋に行って手に取って数行読んでは「だめだ。無理だ……」と棚に戻してばかりでほとんど読んだことがなかった。


同性なぶん、自分と感覚が違うのとか、意地悪さ加減が違うのとかが、読んでて気になる。
狗飼さんの小説の中にはわたしがいるみたいで、読んでて気持ちいい。


*いま、困っていること
この文章、風邪で頭が朦朧としてて、書いたそばから、何書いてるかスカスカ忘れてっていること。


狗飼さんの小説ばかり読んでいて、頭に浮かぶことが、全部、狗飼さんの文体で浮かんで来るということ。
だからといって、ずっと好きだった曲をカラオケで初めて歌おうとして「あれれ? 頭では正確に流れるのに歌えない……」というように、真似して狗飼さんの文体で文章が書けるわけでもなく、かといってまったく影響されてないわけでもない、ちぐはぐな状態なこと。